会社沿革

HISTORY

連接軌道(PC組立施工法)の開発

高度経済成長の胎動のもとで

昭和30年の幕開けとともに始まった“神武以来の好況"は、 31年度の経済白書で「もはや戦後ではない」のキャッチフレーズをはやらせながら高度経済成長への路線を敷いたものの、32年の中盤から“なべ底”の不況に変身した。しかし、この不況を約1年で克服したわが国の経済は、33年中ごろから再び転機を迎えやがて“岩戸景気”と呼ばれて、新しい高度成長への路線をくっきりと浮かび上がらせたのであった。 
この間、産業界における技術革新はめざましく、新しい生産技術の導入は生産構造や市場構造に変化を及ぱした。その結果、経済活動や人口の都市集中化をひき起こす糸口をつくっていった。  

連接軌道の制作

こうした産業界の動きを背景に当社では、昭和28年に創案し 30年から基本テストを重ねていた「組立式踏切舗装軌道」の研究が実験段階を迎え、運輸省運輸技術研究所「踏切軌道並に舗装構造研究委員会」のメンバー立ち会いのもとで、昭和33年11月11日第1回の敷設実験を行った。
この日、東急東横線元住吉駅構内の踏切現場には当社の8名の技術員と作業員によって、幅62.5 cm,長さ2m,厚さ32 cmのコンクリートプロックが踏切の位置に並べられブロックの腹部にある5カ所の穴に鋼棒を通して両側から締めつけて(ポストテンショニング)仮の舗装踏切を仕上げた。所要時間は準備作業から作業完了まで、5時間18分であった。
実験は好成績を収めて成功した。この実験の模様を『交通新聞』(昭和33年11月19日付)は「一夜明ければ立派な踏切舗装」と題して次のように報道した。

初期の頃の連軌ブロック図

木製の踏切

完成した連接軌道による踏切

「コンクリートプロックを敷くだけで短時間に、しかも今まで の半分の費用で踏切の舗装が出来上るという連接軌道が完成 。
去る11日東横線元住吉駅構内でその実験が行われたが、好成績を収め、国鉄をはじめ各私鉄関係者から注目を浴びている。これは運研の踏切軌道並に舗装構造研究専門部会の決定にもとづき、日本軌道KKが試作したもので、この構造は踏切だけでなに国鉄が計画している広軌新幹線のコンクリート道床にも設計上の示唆を与えるものと見られている。(中略)  今までの踏切舗装が1カ月から2カ月かかっていたのに対し、これだと一夜明ければ立派な踏切が出来上るという便利なもの、その費用も今まで1カ所約15万円かかっていたのに対しその半値の6、7万だということである。

初期の締結装置

初期の連接軌道完成(踏切)