札幌市交通局高速電車案内軌条敷設工事一式完成
1.札幌の地下鉄
札幌の地下鉄は通常の鉄軌条を使用せず、左右の走行路間にある案内軌条をガイドとしてゴムタイヤの車輪で走行する独自の方式です。
札幌市中心部の大通り駅で交差する南北線、東西線、東豊線の3路線で成り立っています。
2.軌道構造と軌道工事
2-1軌道構造
各線別に3タイプの構造があります。
① 南北線 麻生~真駒内
走行路・・・コンクリート製の走行路に樹脂系の舗装
案内軌条・・H型鋼をコンクリートまくらぎに締結
② 東西線 琴似~白石
走行路・・・鉄板を埋め込んだプレキャストコンクリ―ト走行板
案内軌条・・CT型鋼をコンクリートまくらぎに締結
③ 東西線 白石~新さっぽろ、琴似~宮の沢、東豊線 栄町~福住
案内軌条・・CT型鋼をコンクリートまくらぎに締結
走行路・・・鋼製走行板をコンクリートまくらぎに締結
2-2軌道工事
一般的な軌道工事とは異なり走行路面の築造、案内軌条の据付が主要となる工事です。
これらの施工は、南北線(北24条~真駒内)は、各工区の土木工事請負者が走行路面の築造、案内軌条の据付を行い、これ以降の軌道工事は日本軌道工業㈱が請負いました。
① 1971年 12月 南北線 (北24条~真駒内) 12.1km
② 1974年 7月 東西線 (琴 似~白 石) 10.0km
③ 1977年 2月 南北線 (北24条~麻 生) 2.0km
④ 1980年 7月 東西線 (白石~新さっぽろ) 7.5km
⑤ 1985年 6月 東豊線 (栄町~豊水すすきの) 9.0km
⑥ 1992年 1月 東豊線 (豊水すすきの~福住) 5.5km
⑦ 1996年 12月 東西線 (琴似~宮の沢) 2.8km
3.軌道構造と車両の移り変わり
3-1開業当時の軌道構造と車両(南北線 北24条~真駒内)


1971年12月16日に開業しました。翌72年に開催された札幌冬季オリンピックに合わせての開業でした。
軌道構造は走行路がコンクリート製の走行路に樹脂系の舗装、案内軌条はH型鋼をコンクリートまくらぎに締結しています。
電気の供給は第三軌条方式で上の写真を見ると軌道の右壁側に第三軌条が写っています。
車両は前面に札幌市の徽章を付け重厚感があります。今となっては丸目2灯
の前照灯がレトロ感タップリです。
3-2現在の軌道構造と車両(東豊線 豊水すすきの~福住)


コンクリート製の走行路に変わって、鋼製走行板がコンクリートまくらぎに締結され、案内軌条はCT型鋼がコンクリートまくらぎに締結されています。走行路面の平面性が良くなり、乗り心地が格段と向上しました。
車両は前面の札幌市の徽章が札幌市交通局のロゴマークSTに変わっています。前照灯も角目2灯のLEDでスマートな車両です。
4.1980年当時の札幌工事事務所

写真は「東西線(白石~新さっぽろ)延長部軌道敷設工事」当時の札幌工事事務所所員です。
当時の所長(前から2列目 左から2人目)が「札幌地下鉄建設物語」に投稿した原稿をそのまま掲載しています。
思いつくままに「好きです。サッポロ」
私が札幌地下鉄に関りを持つ様になったのは、昭和48年ですから、早いものでもう12年になります。それまで東北、北海道は全く馴染みがなく、育ちが温暖な広島だったせいもあり、北海道といえば「暗い雪国」のイメージしかありませんでした。それが今では、「好きです。サッポロ」の最右翼となって、北海道や札幌の良さを、会う人毎にPRしているのですから、私にとって札幌は第二の故郷になりつつあるのかも知れません。「サッポロ」の良さは、「広い大地、良き自然、良き人達の上に構築された文化都市」であろうと考えて居ります。板垣市長の明るい誠実な市政が更に光を添えて、今まで私が住んだり仕事で訪れた都市の中では、最良の都市であります。
「クライスラーの乗り心地」
東西線の計画当初、当時の大刀局長が、我が社の渡辺社長に、「クライスラーやキャデラックに乗って居る様な乗り心地の軌道を作れ」と云われたそうです。「白石―琴似間」の10㎞は、「乗り心地」を至上命令として施工致しました。結果は、人により違った評価がありましょうが、走行路の平担性が、南北線に比べて飛躍的に向上した事は、プロフィルメーターのデーターによっても明らかです。南北線「北24条―麻生間」延長工事に於いても、私共は「乗り地」を追及しました。現場打ちのコンクリート走行路表面を、巨大な「研削車」を開発して切削し、平担な走行路を実現しました。但し、その上に舗装したエポキシ樹脂の為に、却って平面性が低下したのは、全く意外であり、残念に思っています。東西線の「白石―新さっぽろ間」7.5㎞の軌道に就いて、以上の経験から、長尺走行軌条と「まくらぎ」を組合せた設計となり、これは、軌道としては施工性・耐久性、メンテナンスフリーのあらゆる面で理想に近づいたものと考えられます。東豊線も同一設計で計画されました。私共は前回施工の欠点を点検し、東豊線の軌道の平担性を向上させる為、鋭意施工上の改善策を練って居ります。大刀局長の「クライスラーの乗り心地」を追及し、実現しようとする意欲は、今も私共の胸の中に流れています。
地下鉄が「サッポロ」を変える
あらゆる意味で、雪国にとって「地下鉄」は最良の交通機関と云えましょう。私の12年間の体験から考えても、「地下鉄」が札幌を変えて行くエネルギーは絶大なものです。24軒の畑地は、今は殆どありません。東区の玉ネギ畑も急速に無くなって行きます。「新さっぽろ」周辺は新しい都市の出現です。札幌地下鉄は今や都市交通の大動脈となり、市民は地下鉄に依存して生活しています。計画中の路線が完成すれば、市内全域が東京より数等便利で快適な生活空間となる筈です。その意味で、20年前に地下鉄建設に着目され、推進された先覚者と、着々としかも急速に地下鉄網を建設、整備された御当局の方々に、深甚な敬意を表すると共に、微力ながら建設に従事させて頂きました事を誇りに思い、心から感謝するものであります。
津森 隆 日本軌道工業㈱ 常務取締役技術開発本部長
東西線軌道敷設工事 所長
南北線延長軌道敷設工事 所長
南北線真駒内留置線軌道敷設工事 所長
東西線延長軌道敷設工事 所長