L型と組立舗装連軌の開発
L型連接軌道の開発
第4次中東戦争による石油供給削滅は、わか国経済にも大きな波紋を及ぼした。昭和48年末から49年にかけての“ オイルショック"は、狂乱物価・産業不況・産業構造の変化などの混乱をひき起こした。
この状況は“ 長いトンネルに入ったような景気"ということで“ トンネル不況” と呼ばれるようになった。
この間、モータリゼーションの進展に伴って、陸上輸送 の主役は鉄道から自動車がとってかわった。
また、人口の都市集中化によって大都市周辺の通勤・通学客を輸送する鉄道は、列車運転頻度が高くなった。
また一方、激増する自動車荷重を受けて必然的にその損傷度も高く、踏切舗装面の破損や軌道狂いが進行し、修繕回数も多くなった。そこで、連接軌道にも閉鎖間合いが数時間という従来の施工方法の改善が求められ、幹線などで閉鎖間合いの少ない箇所では、非破線のエ法が強く要望された。

そのため、昭和50年に入ってから
①レールのロング化
②閉鎖間合いの短縮
③ユーザー側の深夜作業にともなう諸問題
④信号部門との調整
等に対処すべき工法の開発研究を開始し51年に至って完成させた。 2プロック式のタテ型コンクリート枕木の上にレールを敷いて締結し、横からL型のプロックでそれらを抱えこんで緊締するこの「L型連接軌道」の特長は次の通りであった。
(1)軌道と舗装部分がセパレート
(2)非破線施工(線路閉鎖不要)
(3)非破線のため信号工事がない
(4)列車間合いで作業できる
(5)ロングレールの交換が容易
(6)レール種別の変更も部品の交換で可能
(7)ブロック沈下の扛上

舗装ブロック式連接軌道の開発
昭和50年代に入って、先の施工法の改善とは別に、もう1つの改善がもとめられた。それは、軌道部分と舗装部分とが一体であるため、路床沈下を起こした場合は全面てっ去しかありえないという条件の改善であった。
そこで当社は、連接軌道プロック部分と舗装ブロック部分とを分割した「組立舗装ブロック式連接軌道」の構想のもとに、日本国有鉄道大阪工事局と共同で研究を進めた結果、昭和52年 10月、床ブロックと上面ブロックを切り離し、さらに上面ブロックを連接軌道ブロック部分と舗装ブロック部分に分割したものを開発し、翌年2月には国鉄福知山線線増工事で試行敷設を行った。

この組立舗装ブロック式の連接軌道に関し、国鉄・大阪工事局の技術者は、 同局の機関誌『だいこう」(昭和53年第24巻第 1号)で次のように改良結果を述べた。
「(1)第一次整備
レール下面とタイプレート上面との間に、可変バッド又は修正用鉄板を挿入して調整する(調整最10mm程度可能)。
(2)第二次整備
タイプレート下面とタイパッドの間に10mm程度の鉄板をそう入して調整する。
上記(1)(2)のレール面整正方法に対応してタイプレートは輪重横圧を受けるショルダー高さを7mm高くし、またクリップは 姿勢変化に対応できる構造のものに、いずれも改良した。
なお、レール面と道路面との調整は、レール面≦ロック間のゴムマットを所定厚さのものと更換することで対処できる。
レール更換で新レールを配列する時、現在では取付鉄筋コンクリートブロックまたは取付コンクリートをてっ去して配列しているが、改良型は取り外し復旧が簡単なうえ、上面ブロックを取り外すことによりレール配列作業が極めて容易である。
また改良することにより、補修工事時分は現在の連接軌道ブロックに比べて大幅に短縮することができる」



一方、従来の連接軌道プロックと比較すれば主な特徴は 次の通りであった。
① 連接軌道プロックを敷設してレール締結作業を行った後に舗装ブロックの取付けを行うので、レール締結作業が 容易である。
② 舗装プロックは、踏切幅員・交角に合わせて製作することができる。
③ レール更換のため踏切上にあらかじめレールを仮置する時は、従来の連接軌道ブロックの場合では、取付舗装ブロックを一時てっ去して、レール仮置部分以外は仮張舗装を行って、後日取付舗装プロックを復旧しているが舗装ブロック式連接軌道ブロックでは、舗装ブロックの一部を仮てっ去して連接軌道ブロックの凹部に新レールを仮置することができる。(前ページ断面図参照)
④ 既設連接軌道ブロックでレールを40 Nから50 Nに更換する場合は、ブロック種別が変わるので連接軌道ブロックの全更換をしているが、舗装ブロック式連接軌道ブロックでは舗装ブロックの取替えまたはゴムマットの重ね張りで舗装面を調整することができる。
⑤ 連接軌道ブロックを敷設するに当たって、レール継目部解体ができない場合には敷設レールを一時若干吊り上げて敷設することにより、レールを破線せずに施工することかできる。この場合、連接軌道ブロックの空隙に薬液を注入して軌道の高低・水準を調整する。
